2008年 7月
日経ヘルスケア :  

福祉理念と安定的経営を両立させた木造耐火建築

児玉 貞夫
児玉 貞夫
社会福祉法人 永生会 総合ケアセンター清流苑
理事長・苑長

「高齢者によりよい環境を提供したい」というのは、経営者の願いだ。しかし、そこには「経営を安定させる」という命題が伴う。08年の春に開催されたCOFI主催の「木造耐火建築物研究セミナー」では、日本初の大規模木造耐火建築施設「明治清流苑」の取り組みを紹介し、来場者から好評を得た。今回は、施主である社会福祉法人永生会理事長児玉貞夫氏にインタビューを行い、理念と経営を両立させる秘訣を伺った。

明確なビジョンで、利用者にとって何が必要かを考える

1979年、大分市に設立された社会福祉法人永生会は、現在、総合ケアセンター「清流苑、舞鶴清流苑、明治清流苑」とヘルスケアセンター「のぞみ」の4つの拠点で福祉サービスを提供している。特養、ケアハウス、ショートステイ、デイサービス、グループホーム、生活支援ハウス、配食サービス、居宅介護支援事業など幅広い分野で地域に根ざした活動を続けている。同時に、地域の福祉ニーズに応えていくことを使命とし、制度や社会の変化をしっかりと見据え、常に新しい課題に挑戦する姿勢を貫いている。2006年に完成した明治清流苑は、その姿勢から誕生した日本初のツーバイフォー工法による大規模木造耐火建築の特別養護老人ホームだ。
 
事業開始時にRC造で建てられた100名の清流苑は、当時の主流であった4人部屋が中心だ。その後、高齢者ケアのあり方と居住空間についての議論が深まり、集団処遇から個室ユニットケアへ、施設から住まいへと意識は転換している。「30年近く経てば、利用者側のニーズが変わるのは当たり前のこと。建物のハードがそれに対応しきれないのであれば、そこから考えていくべきです」と児玉氏は話す。

当初は建て替えを予定していたが、いくつかの問題点があった。まず、入居中の利用者には仮設住宅に移ってもらわなければならず、環境の変化に対応できない高齢者がいるかもしれないこと。介護単位も50名程度と小規模化したいこと。また、既存の建物は耐用年数から考えても十分に利用でき、建て替えによる資源の無駄遣いを避け、使い切るという姿勢を社会に伝えていきたいこと。これらを解決するために、明治清流苑を新築し、入居者が移転した後に、既存の清流苑を改修するという方法を選択した。さらに、福祉サービスは地域密着型であるべきという法人のビジョンから、新築施設は約6km離れた別地域に分苑することにしたという。

癒し・安全・低コストがツーバイフォー工法選択の決め手

児玉氏は、新築計画が持ち上がる以前から、欧米諸国の施設を見学していた。そこで出会ったのがツーバイフォー工法による木造の施設だ。見た目は豪華ではないが、自然素材が持つ優しさにあふれ、癒されるような居心地の良さに驚きを感じたという。「日本の施設はホテル並みの豪華さですが、果たしてそれは、高齢者が『住まい』として馴染めるものでしょうか。元気な間は木造住宅で過ごしてきた人が、高齢になってから施設に豪華さを求めるとは思えませんでした」と、率直な想いを語った。日本の施設のあり方を見つめ直し、その後の運営に影響を与えるきっかけとなったそうだ。

この経験から、施設新築にあたっては木造建築を希望したものの、耐火の問題もあり、日本では無理だと一度は断念した。しかし、2004年に日本ツーバイフォー建築協会とCOFI(カナダ林産業審議会)が共同で木造耐火認定を取得したことから、理想が具体的なものとなる。

児玉氏は、「コストはどのくらいかかるのか」「遮音性はどうか」「大規模木造耐火建築の事例はないが可能なのか」の3点を調査し、木造ならRC造より2割程度安くなること、遮音性はRC造には劣るが施工の工夫でかなり抑えられること、事例は無いが連絡を密にすることで解決できそうだと判断した。さらに、ツーバイフォー(枠組壁工法)は、耐震性と耐火性が高いことも安心材料となった。「認可がおりたタイミング、木造耐火建築の提案をしてくれた設計者、施主の思いを受け止めてくれる施工者と、多くの条件に恵まれた結果、ツーバイフォー工法に決定しました」。

「BIGよりGOOD」がもたらした ナチュラルな空間

木造が可能になったことから、木の持つ暖かさを活かした建物にすることを基本に、外観は大正ロマン風の和洋折衷様式で、個室ユニットケアに対応する設計にした。地階はRC造、1~2階は木造で全周260mの回廊式バルコニーを設け、利用者と家族の散策コースや他のユニットの方との交流の場となっている。また豊かな温泉を活用し、介護予防用として温泉歩行浴槽も設置した。
 
個室のトイレは、ポータブルタイプを使わずにすむ工夫として折り戸式を採用し、車椅子でも楽に使用できる配置にした。ダスターシュートを設けて使用済みオムツはできるだけ内部を移動させないようにし、壁には珪藻土を多用して吸湿性や吸臭性にも配慮した。暖房はファンレスパネルヒーターだが、建物中央に設置した暖炉が好評で、冬になると利用者が自然に集まり、炎の美しさに見入っているという。心配していた遮音性だが、左右にはまったく影響が無く、上下で多少響く程度で、逆に生活音として入居者の動きが感じられる利点として捉えられるそうだ。
 
利用者や職員からは、「木の持つ独特の暖かさを感じる」「バルコニーと庇があるので、暑さがしのげる」「木の匂いが良い」「なによりも空気が良い」といった声が寄せられている。「暑い」「寒い」といった体感的なことや、建物に関する苦情も無くなったことからも、満足度の高さがうかがえる。特筆すべきは、入居者の家族の来訪が増え、滞在時間も長くなったことだという。「病院とも今までの老人ホームとも違う雰囲気がある」と訪れた家族から言葉をかけられたときは、木のもたらす癒しの効果を改めて感じたそうだ。法人が目指してきた「BigよりGood(大きさより質を追求する)」という理念が、ナチュラルで、五感をフルに活用できる空間づくりにつながったといえよう。

安定的経営を可能にする多様な取り組み

安定経営を実現する秘訣は、「グレードを保ちながら、至る所でコストを下げること」というのが児玉氏の持論だ。低コストだけを目指して質が悪くなっては、結局は建て直しとなり無駄になるからだ。木造はRC造より工期が短縮される点で、低コストを可能にする。ナースコールも病院用ではなく、家庭用緊急通報システム(電話交換器)を採用した結果、イニシャルコストは坪単価48万9000円となり、予想より3万円程度下回ったそうだ。完成後に大手建設会社が見学に訪れ、「坪単価は70~80万くらいですか?」と尋ねられたときには、費用対効果が最大限に発揮できたことを誇らしく感じたという。
 
ランニングコストでは、木造耐火構造の場合、アルミ箔で全体を覆うため断熱効果、省エネ効果が高い。断熱ペアガラスの採用で結露もしにくく、その結果、冷暖房費がRC造の清流苑の1m²につき2,158円に対し、明治清流苑では1,657円と大幅に抑えることができた。
 
「耐用年数が17年と、資金回収が短い点も木造のメリット」と児玉氏は打ち明ける。
表の考察によると、RC造(39年)の減価償却費12,820千円に対して木造耐火は29,400千円となり、民間企業での損益に当たる営業収支は、一見少なく見える。だが、法人所得税が約半分となり、繰越剰余金は木造耐火の方が多くなる。さらに、耐用年数が17年であっても、耐火、耐震性が高いので30~40年使用可能なことを考えると、長期的にみても経営への貢献度は見逃せない。
 
利用者だけでなく、職員や環境にも優しい木造耐火建築だが、その利点はまだ広く認知されてはいない。しかし、潜在的なニーズは高く、増加傾向にあることは間違いない。今後、木造建築を考える経営者へのアドバイスを求めたところ、児玉氏からは「まだ事例が少ないので、経営者がどういう理念で運営したいのかを明確にすることが肝要。そして、その想いに応えてくれる設計者、共鳴してくれる施工者の存在は欠かせません。施主、設計者、施工者と三者のベクトルを合わせることが大切です」とのメッセージをいただいた。

特別養護老人ホーム「明治清流苑」の建築概要と減価償却上のメリット

明治清流苑(特養)

明治清流苑

用途: 特別養護老人ホーム
所在地: 大分県大分市
構造: 1・2階/枠組壁工法(木造耐火構造)、地階/RC造
敷地面積: 6931.84㎡(2096.88坪)
建築面積: 2039.03㎡
延床面積: 4469.23㎡(1階/2003.04㎡、2階/1798.33㎡、地階/667.83㎡)
設計: (有)吉高綜合設計コンサルタント
施工: 安藤建設(株)
竣工: 2006年 6月
施設定員: 特別養護老人ホーム(定員47名)、ショートステイ(定員13名)
設計期間: 2004年 12月 ~ 2005年 11月
施工期間: 2005年 11月 ~ 2006年 7月