2010年 7月
日経ヘルスケア :  

「木の温かさを人の温かさに」を実現した木造建築

矢野 昌弘
社会福祉法人 洗心会 別府高齢者総合ケアセンターはるかぜ
理事長・施設長

家庭の延長のような施設は、高齢者にとって「理想的な住まい」といえるでしょう。しかし、それを叶えるには様々なハードルがあります。人の温かさを引き出すことも、そのひとつ。「ナーシングホームはるかぜ」は、木造建築により、やさしい空間とスタッフや家族との温かな交流を実現した特別養護老人ホームです。理事長の矢野昌弘氏に、温かな施設づくりを可能にした秘訣を伺いました。

在宅生活の延長として施設を位置づける

1925年、大分県別府市に創立された社会福祉法人洗心会は、シルバーホーム(養護老人ホーム)とナーシングホーム(介護老人福祉施設)を中心に、ショートステイ、デイサービスセンター、ヘルパーステーションを併設した高齢者介護の拠点として、長く地域に福祉サービスを提供しています。特別養護老人ホーム「ナーシングホームはるかぜ」は、2009年5月に竣工した地上3階建て+ロフトの4層からなる木造建築で、既存の施設の老朽化に伴い、新たに建設されました。センターに設けられたエントランスやエレベータ部分はRC造で、その両翼に木造の50床の個室と共用居住スペースを設けたメインユニットが配置されています。

矢野氏には、在宅生活の延長として施設を再位置づけしたいという思いがありました。「ほとんどの高齢者は、木造家屋で生活をしてきた方達です。介護が必要になったからRC造の施設へお移りくださいというのは不自然」と話し、その思いを実現するには、木造建築が最適と判断したそうです。確かに、日本人には木の文化が根ざしており、施設への入所を在宅生活の延長として位置づけるなら、木造がふさわしいのは自明のことといえるでしょう。

個室にしたのも、人間は本来個人的な存在だから。自由気ままに暮らしたいという欲求を叶えるために、採用されました。共同生活では各人の嗜好やライフスタイルの違いから、自由がかなり制限されてしまいます。施設はなるべく個室にし、プライバシー空間を持つことがよりよい選択だと考えているとのこと。

また、「ナーシングホームはるかぜ」は、別府市の中心に位置しています。在宅生活の延長を可能にするには、住み慣れた地域から離れることなく、それまでの生活圏内に暮らせることも大きなポイントとなるようです。

住みやすさと低コストを実現する木造建築の魅力

高齢者施設に木造建築を採用したのは、住宅としての基本性能が優れていることにあるそうです。まず、住み心地のよさ。空間がやわらかく感じられ、空気感がよく、懐かしさや落ち着きを感じられるなど、木の特性は人に安らぎを与えてくれます。

床がやさしいのも木造の特長といえるでしょう。RCシート直貼りの場合、冷たく堅いため転倒すれば骨折の可能性が高まりますが、木造なら躯体の持つ柔軟性が衝撃を吸収します。また、認知症高齢者が夜間に起き出して廊下で寝てしまうことを想定すると、冬場に冷えるコンクリートの上では致命傷になりかねませんが、木の温かさがあれば危険性を回避できます。

耐火性においては、 カナダ林産業審議会(COFI)と日本ツーバイフォー建築協会が、2004年4月に共同でツーバイフォー工法での耐火構造認定を取得していますし、耐震性もこれまでの実績から優れていることがわかっています。高齢者施設に求められる基本性能をしっかり抑えているのは確かです。

さらに、コスト面でも木造建築は大きなメリットを持っています。かつての福祉施設は多くの部分を補助金でまかなえましたが、現在は1床につき200万円程度で、50床なら1億円です。一般的な特養の平均建設コストは1床あたり1100万円強といわれており、不足分は自分で資金を調達しなければなりません。RC造なら、5億円近くが自己資金として必要になります。「ナーシングホームはるかぜ」の場合、1床あたり約800万円とイニシャルコストの大幅な削減に成功。矢野氏は「木造建築なら、同規模のRC造の8割程度のコストで住み心地のよい環境を実現できる」と見ています。社会福祉法人にもコスト意識が欠かせない時代。「よいものを低コストで」を可能にする木造建築は、理念と安定経営を両立させる手段として、大きく貢献してくれるようです。

ランニングコスト・メンテナンスにおける木造の優位性

木造建築のメリットは、イニシャルコストだけではありません。特に、耐火構造の場合はアルミ箔で全体を覆うため、優れた断熱性・気密性を発揮し、空調のエネルギーなど、ランニングコストの削減にも寄与します。「ナーシングホームはるかぜ」では、ランニングコストの低減と環境問題への対応から太陽光発電システムを設置したため、電気代は月平均12万円程度と大幅に抑えることができました。

木には、表面が周囲の温度に馴染みやすいものの、熱を伝えにくいという特徴があります。従って、少ない熱量で温かさを保つことが可能に。温度変化も穏やかなことから、高齢者に多いヒートショックの防止にも役立ちます。また、風の通り道を踏まえた設計が功を奏し、夏でもエアコンに頼らずに、自然の風で涼を得ることも増えたそうです。調湿作用も高く、冬場でも結露が発生しにくいなど、高齢者にとって自然で快適な空間が提供されています。

「メンテナンスコストにおいても、木造は優れている」と矢野氏は指摘します。RC陸屋根は定期的な防水処理を行う必要があり、雨漏りなどの修理も木造に比べて手間もコストもかかります。また、木造は耐久性に優れているので、長期間の使用が可能。ツーバイフォー工法で建築された札幌の時計台が、130年を過ぎた今でも街のシンボルとしての役割を果たしていることからも明らかです。RC造の施設の多くが30年程度で建て替えられている現実と比較すると、木造の耐久性は際立ちます。

人の温かさを引き出す空間と木造の可能性

「ナーシングホームはるかぜ」では、新築により従来型からユニットケアへ、RC造から木造へとスタッフも入居者も一斉に移動したので、その違いを実感しやすいそうです。足腰への負担が軽減した、転倒したがアザもできなかったといった肉体的なことはもちろん、数値化できない心理的な要素として、立ち居振る舞いや物腰が柔らかくなった、気持ちに余裕ができたなど、スタッフのメンタル面にも好影響が見られます。「介護の基本は『人』。やさしい方がいいけれど、それだけでは仕事ははかどりません。テキパキこなしながら気持ちの奥のやさしさを引き出すことができる木造は、理想的な空間です」と矢野氏も嬉しい効果を実感しているようです。

自分流で暮らせる個室には、孤独になりがちといったマイナス面もあります。「ナーシングホームはるかぜ」では、共同生活室での催しなどを通じてふれあいの時間を設けるようにしています。好評なのが、入居者の家族にも参加していただけるおやつ作り。ただ顔を見に来るのではなく、一緒に楽しく作業をすることで、入居者や家族、スタッフ間のコミュニケーションを深めています。そうした努力が実り、家族の面会頻度が増え、滞在時間も長くなるなど、矢野氏の理念である「在宅生活の延長」を実現できたそうです。

最後に、木造建築の可能性と課題について伺うと「燃え代設計の採用により、デザイン自由度がさらにアップするのではないでしょうか。それにより、より一層木質を感じられて心理的プラス面も広がると思います。課題は、建築業者に施工ノウハウが浸透しきれていないこと、木造建築の優れた点などのさまざまな情報がまだまだ経営サイドに広がっていないこと。老人福祉施設協議会や社会福祉協議会などで積極的にセミナーを開催し、低コストで住み心地のよい施設が可能なことをもっと広めていって欲しいですね」とのアドバイスをいただきました。